2011年04月17日

イタリアツアー体験記 17

第7日目の続きの続き

このスペイン広場前で自由行動になりました。
ほとんどの人が最後のお土産を買いに行きましたが、
私たちは添乗員さんに紹介された現地のオプションツアー業者の
中川さんに連れられて「真実の口」を観光することになりました。
ちなみに、1時間で1人20ユーロでした。

映画「ローマの休日」で有名になった「真実の口」は、
サンタ・マリア・イン・コスメディン教会にあります。

写真51コスメディン教会.JPGサンタ・マリア・イン・コスメディン教会

教会は6世紀、近辺に居住するギリシャ人のために建てられたもので、
ロマネスク様式の鐘楼が美しい教会です。
「真実の口」とは、
「嘘つきが手を入れると食べられてしまう」という伝説による名称で、
映画の影響もあり観光客でいつも賑わっているところです。

写真52真実の口.jpg真実の口

とはいうものの、ここは教会なので入場料は無料です。
ただ、閉館時間が5時までとなっていて、
時には外の方まで見物に列をなしている場合があり、
見学できない場合もあるとのことです。

もう一ヶ所、連れて行ってもらった所は、アメリカ大使館前の一角。
銃を持った兵士を横目に、その隣の家の門の鍵穴が、
知る人ぞ知る密かな観光名所になっているのです。

この鍵穴を覗くと真っ正面に
ヴァチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂が見えるのです。

写真53鍵穴.jpg鍵穴

ただ、団体客が行くような所でもないし、
また、ぞろぞろ行かれると付近の人が困ってしまいます。
こういう所は、個人旅行か自由行動の時に行くと良いですよ。
ただし、あまり人には教えたくないので情報は公開していません。

このあと、フォロ・ロマーノに立ち寄って約束の1時間が過ぎました。
帰りは、スペイン広場から真っ直ぐコンドッティ通りを抜けた
コルン通りで降ろしてもらいオプションツアーはおしまいです。

ここから、ウインドウショッピングをしながら、
集合場所のスペイン階段上のトリニタ・ディ・モンティ教会前に向かいます。

写真54トリニタ教会.JPGトリニタ・ディ・モンティ教会

ローマという所は、街が世界遺産というのが行ってみてよく分かりました。
京都も世界遺産ですが、
京都は街の中に世界遺産のお寺があるという感じです。
ローマは、遺跡の中に街があるという表現がピッタリの所です。
イメージはちょっと違いますが、奈良に似ているかもしれません。
奈良は古の大地に遺跡が点在しているというイメージはありませんか?
決して大都会ではないけれど、街に重みがあるっていう気がします。

そして、これからイタリアツアー最後の夕食に向かいます。

最後の夕食は、
イタリアの民謡ともいうべきカンツォーネを聞きながらのディナーです。
カンツォーネって何?と言われる方に…。

カンツォーネとは、イタリア語では単に歌を指す単語です。
しかし、日本では19世紀から20世紀初頭に書かれたイタリアの大衆歌曲、
特にナポリのカンツォーネ・ナポリターナを指すことが多いようです。
これらはイタリア民謡と呼ばれることもありますが、
古くより伝承された作者不詳の歌ではなく、
近代において専門的な作曲家によって作曲された流行歌であるため、
「民謡」と呼ぶのは適切ではないとの意見もあるようです。
代表的な歌曲は、「フニクリ・フニクラ」「オー・ソレ・ミオ」
「サンタ・ルチア」「帰れソレントへ」など聞いたことのある歌ばかりです。

今回の夕食のカンツォーネは特別なものではなく、
レストランと契約したカンツォーネ歌手(男性1人、女性2人)がいて、
もちろんカンツォーネなので楽器の演奏はありません。

歌を聴きながらの食事は、
トマト味のパスタとチキン、コーヒー味のアイスケーキでした。
それにサービスとして一人につきワインハーフボトル1本と
水が無料でついていました。

ここのカンツォーネは1ユーロでリクエストにも応えてくれます。
ショーの最後には彼らのCDを15ユーロで売っていました。

このレストランの店内は割と広くてお客が続々と入ってきます。
ただし、時間が早いのか儲かるからかは知りませんが、
入ってくる客、入ってくる客、みんな日本人の観光客ばかりです。
私たちが食事をしている間は、
外国人と言ったら歌手とボーイだけでした。

夕食後、ホテルに戻ってイタリアツアー最後の夜が静かに更けていきました。

続きは次回へ。
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2011年04月10日

イタリアツアー体験記 16

第7日目の続き

ヴァチカン市国の観光が終ると丁度お昼時です。
今日の昼食は、分けの分からないスパゲティと
干からびたような不味いチキン、そしてデザートのレモンアイスでした。
今までの昼食の中でも一番不味いような気がしました。
ちなみにワインは720㎖で14ユーロ、水1ℓ2ユーロでした。

食事は不味かったですが、ローマは遺跡には事欠きません。
さすが世界遺産の街といったところでしょうか。

ただ、遺跡だらけの街なので整然と区画整備することはできず、
しかも、道は細く入り組んでいます。
だから、観光バスなどの乗り入れも制限がされています。

イタリアの街は何処もそうなのですが、
目的地までバスで乗り付けられるところは街の中ではありません。
中心から外れた所にしか駐車場というものがないのです。
だから、どこに行っても歩くことが基本になります。
中高年には結構辛い国と言えるかもしれません。

ヴァチカン市国を出た我々は、バスに乗り込み車窓から市内見学です。
最初に見えてきたのはサンタンジェロ城です。

写真43サンタンジェロ.JPGサンタンジェロ城

サンタンジェロ城は、2世紀にハドリアヌス帝が自分自身と、
その後のローマ皇帝のための霊廟として造らせたものです。
6世紀以降は要塞、法皇の住居、牢獄へと変貌し、
現在は武器博物館となっています。
青銅器時代から現代までの貴重な武器の数々が一堂に展示されています。

次に見えてきたのが、イタリアの国会。

写真44国会.JPG国会

そして、パンテオンの横を通り、フォロ・ロマーノへ。

写真45フォロ・ロマーノ.JPGフォロ・ロマーノ

「フォロ」は公共広場を意味します。
紀元前509年らら約500年間、
古代ローマ帝国の宗教・政治・司法・文化の中心地だったところです。
紀元前46年にユリウス・カエサルが9トンの金などの戦利品を
持ち帰った場所でもあり、中央の「聖なる道」は百人もの皇帝が歩きました。
6世紀以降破壊された瓦礫に埋もれていましたが、
1803年から調査が始まり1902年に発掘作業が完成しました。

フォロ・ロマーノを過ぎ目的地のコロッセオに到着です。
駐車場でバスを降り、コロッセオに向かって歩いて行くと、
左手に何処かで見たことのある門が見えてきます。

写真46凱旋門.JPG凱旋門

これはコンスタンティヌスの凱旋門で
古代ローマ時代のものでローマ建築を代表する建築物です。
コロッセオとパラティーノの丘の間に位置しています。
当時、西の副帝であったコンスタンティヌスが、
正帝マクセンティウス帝に勝利し、
西ローマの唯一の皇帝となった事を記念して建てられました。

みなさんが見たことあると思われるのは、
あの有名なボナパルト・ナポレオンがパリに建設した
エトワール凱旋門のモデルとなっているからです。
実は、ナポレオンはこのコンスタンティヌスの凱旋門を
パリに持って行こうとしたのですが実現できず、
仕方ないので、今のパリにあるエトワール凱旋門を造ったと言われています。
だから、見たことあると思ったんですね。

そして、コロッセオ。

写真47コロッセオ.JPGコロッセオ

コロッセオは、72年にウェスパしアヌス帝が手がけ、
80年にティトゥス帝が完成させた高さ57m4階建ての巨大な円形闘技場で、
現代の15階建てビルに匹敵します。
古代ローマを象徴する建造物で、
約5万人の観客席があり6世紀前半まで使われていました。
地下には猛獣の檻があって、
捕虜や奴隷の中から選ばれた剣闘士と猛獣との冷酷な対決も行われました。

このコロッセオの周辺には、
古代ローマ人の衣装を着た人が写真を撮らせてくれます。
ただし、有料です。
よく撮影してから料金のことでもめますので、
もし撮影する場合は、初めに値段の交渉をしてからにしましょう。
相場は2〜5ユーロです。

私たちのツアーでは、コロッセオの中には入らず外観のみでした。
時間のある方は中に入ってみると大きさが実感できますよ。

ここから、またまたバスに乗って、
今度は、ローマに来たら必ず行くというトレヴィの泉です。
さすが超有名な観光スポットなので、
噴水の周りは人でごった返していました。

写真48トレヴィの泉.JPGトレヴィの泉

トレヴィとは三叉路を意味する言葉ですが、
ここではバロック芸術の最高傑作を意味します。
ローマ最大の噴水で紀元前19年の古代ローマの放水口を元に、
18世紀にニコラ・サルヴィが完成させました。
「泉に背を向けてコインを1枚投げ入れるとローマ再訪がかなう」という
有名な言い伝えがあります。

実際にコインを投げている人は、調子に乗った日本人くらいで
多くの人々は彫刻の間から流れ落ちる噴水を鑑賞しています。
特に、噴水よりの場所は混雑しているので、
お金を投げるという行為は大変な迷惑になるので慎んだ方がいいと思います。

実際に行ってみると分かりますが、ちょっと風変わりな噴水という感じで、
規模も想像よりは遥かに小さく「まあこんなもんかなあ」って感じでした。

このトレヴィの泉の名物はジェラートです。
まあ、トレヴィの泉というよりイタリアの名物ですよね。

写真49ジェラート.jpgジェラート

ジェラート屋さんに入って、先ずお金を払ってチケットを購入します。
そのチケットを渡して目の前のジェラートを指定すると作ってくれます。
順番とか一切無いので要領が悪いといつまでも食べられませんよ。
お勧めはナッツの入ったものとか、シャンパンとレモンが美味しいですよ。

このトレヴィの泉のすぐ近くにあるのが、
映画「ローマの休日」でお馴染みのスペイン広場です。

写真50スペイン広場.JPGスペイン広場

17世紀にスペイン大使館があったのでこの名前がついた所です。
ピエトロ・ベルニーニ(父)作の「バルカッチャの泉」
(17世紀のバロック彫刻)があり、
その奥にあるスペイン階段(1720年建造、137段)は
トリニタ・ディ・モンティ教会への参道で、
登った先ではコンドッティ通りが一望でき、
またここでイタリアを代表するファッション・ブランドが
ショーを開催してきました。

日本人の観光客はスペイン階段に座っている人を見かけませんが、
何をするでもなく白人系の人は階段に座っていました。
日本人みたいな旅行ではなく心にゆとりのある旅行をしているのでしょうね。

このスペイン階段の前からコルン通りに抜ける通りがコンドッティ通りです。
こここそ日本人観光客垂涎の有名ブランド店が軒を並べる通りなのです。
この通りを歩くと、ブランド名の入った袋を下げた人に出会います。
ほとんど日本人ですけどね。
まさに日本人観光客のためにあるような通りです。

続きは次回へ。
posted by 旅んちゅ at 09:59| 滋賀 | Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー体験記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

イタリアツアー体験記 15

第7日目

今日も6時起床、7時朝食で1日がスタートです。
朝食は、変わりばえの無いハムにチーズ、パン数種と果物、
但し今回は、缶詰でなく生のキウイやリンゴ、ミカンがありました。
飲み物もカプチーノとかグリーンティーもあり、
最近ではちょっと贅沢な朝食といった感じがしました。

朝食後、8時にホテルを出発して最後の観光に出かけます。
目玉は、午前中のヴァチカン市国の見学です。

写真34ヴァチカン.jpgヴァチカン市国

ヴァチカン市国は、面積0.5㎢で日比谷公園の約3倍の大きさです。
ローマ法皇と聖職者や衛兵などの人口1000人という世界最小の独立国ですが
約10億人の信者を持つカトリックの総本山で
15世紀からローマ法皇の御座所となっています。

64年にイエスの一番弟子・ペテロがネロの迫害を受けて逆十字架で処刑され、
埋葬された墓の上に寺院を建立したのが始まりです。

1929年、ローマ法皇庁とイタリア政府間で
法皇の領土権を認める「ラテラノ条約」を結んで市国が独立したもので、
約100人いるスイス衛兵の制服は
ミケランジェロのデザインと言われています。

写真35スイス衛兵.JPGスイス衛兵

サン・ピエトロ大聖堂はキリスト教最大の教会で、16世紀初頭から120年をかけてラファエロ、ミケランジェロなどが設計したものです。

写真36サン・ピエトロ.JPGサン・ピエトロ大聖堂

ホテルからバスでヴァチカン市国の近くまで送ってもらい、
ヴァチカンを案内してくれるガイドさんとの待ち合わせ場所まで歩き、
ガイドさんの先導でイタリアとヴァチカン市国を隔てている壁に沿って進むと
目指すヴァチカンの入口に到着します。

写真37壁.JPG

ヴァチカン美術館は、24の美術館と博物館、1400の部屋、大小の礼拝堂、
図書館などからなり、600年に及ぶ歴代の法皇が収蔵した彫刻や絵画などの
美術品が納められています。
「天地創造」は法皇ユリウス2世の希望でミケランジェロが
システィーナ礼拝堂の天井に1508〜1512までの5年をかけて描いたもので、
更に1540年、彼が60代にしてパウルス3世のために描いた
「最後の審判」とともに500年を経過しています。
システィーナ礼拝堂は法皇の選挙会議を開催する所としても知られています。

ガイドさんについて入っていくと、
まず、概要を説明するスライドのようなものがおいてあります。
その前でガイドさんの執拗な説明が始まります。
他の団体(日本人ばかりですが)との場所の取り合いをして、
如何に説明を早く始めるか、お互いに競っているようでした。
またまた、美術館の見学はこれだけ?って危惧していたのですが、
今回は十分とは言えませんが見学することができました。

先ず、説明が終るとヴァチカンに内部が見渡せる通路を通って
美術館へと入っていきます。

この美術館は、どこも人、人、人で込み合っています。
だから、一方通行で一塊になっていないとはぐれてしまいそうです。
まるで、東京の朝の通勤ラッシュの駅構内みたいでした。

写真38通路.jpg美術館通路

この美術館の感心したところは、
普通、美術館の中は撮影してはいけませんと言われるのですが、
フラッシュさえ炊かなければ撮影は自由なんですよ。
ただし、「最後の審判」のあるシスティーヌ礼拝堂は撮影禁止です。

この美術館の特徴は、個人的な見解ですが、
聖書にある有名なシーンをいろんな画家が描いていることです。
いわゆる宗教絵画というやつですね。

写真39絵画.jpg

ガイドさんに案内される場所は、どれも有名なものなのでしょうが、
宗教心がなくキリスト教でもない私にとって、
ちょっと退屈な絵画鑑賞でしたが、
一つだけ印象に残ったのは、メデューサの首を切り落とした絵画でした。
妙に迫力があって、つい見入ってしまう絵でした。

絵画・彫刻の並ぶ部屋や廊下を抜けて行くと、
システィーヌ礼拝堂へと到着します。
ここで、私たちは20分くらい自由行動になりました。
この礼拝堂の近くにはトイレもあるし、
中にはベンチもあって休憩できます。
しかも、ここには超有名な絵画「最後の審判」かかっているのです。

ここは、カメラ・ビデオの撮影は一切禁止となっています。
撮影禁止となっている所はたくさんありますすが、
普通は張り紙がしてある程度で、
よほど悪質でない限り注意されることはありません。
ところが、ヴァチカン市国の撮影禁止区域は、
怖そうな人が見張っています。
間違って写真を撮ると間違いなく注意されます。

ここで暫く休憩してトイレも済ませ次に向かったのは、
サン・ピエトロ大聖堂です。
その通り道で是非見ておきたいのは「聖なる扉」です。

写真40聖なる扉.jpg聖なる扉

ヴィーコ・コンソルティが1950年に製作した扉です。
聖年のたびに、教皇自らの手で開け閉めされる扉です。
ここを過ぎるとサン・ピエトロ大聖堂の入口になります。

サン・ピエトロ大聖堂は、
324年コンスタンティヌス帝が聖ペテロの墓上に
25年をかけてバロック様式で建てたカトリックの総本山で、
ユリウス2世が1506年から120年かけて再建したものです。
この間ラファエロやミケランジェロも設計や監督に参加しました。
年間数百万人の巡礼者や観光客が訪れています。

写真41ピエトロ内部.JPGサン・ピエトロ大聖堂内部

ここは、入場料無料で誰でも出入りできますが、
厳粛な場所なので、肌を露骨に出す服装やリゾート風は許されません。
写真はOKで、いつも信者や観光客で混雑しているので
スリには注意が必要です。

ヴァチカン市国はときたま映画の舞台になっています。
トム・クルーズの「M:i:V」とか
トム・ハンクスの「天使と悪魔」なんかにも嘘かほんとか知りませんが、
サン・ピエトロ大聖堂の地下の映像とか詳細に出ています。
興味のある人は一度ご覧になるといいですよ。

次に向かったのはサン・ピエトロ広場。
ヨハネ・パウロ2世が亡くなり、後継者としてベネディクト16世が選ばれた時
テレビで放映されたヴァチカン市国の広場です。
大勢のキリスト信者が集まっていたのを覚えていますよね。

サン・ピエトロ広場は、17世紀にバロックの鬼才ベルニーニが設計し、
長径200メートルの楕円形は、大聖堂が両腕を伸ばして
信者を抱擁するかのような形をとっています。
回廊の上にはベルニーニの弟子が製作した140の聖人像が立っています。
春の復活祭には世界から20万人の信者が集まり、
時折法皇がお出ましになるミサが開催され華やかに盛り上がります。

続きは次回へ。
posted by 旅んちゅ at 09:52| 滋賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー体験記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする